デザインに心躍る日々

フリーディアマンションの外観やエントランスに生きたデザインを施す建築デザイナー
「リアルクリエイション」の中島氏が「人の笑顔を生み出すひらめき」をテーマに日々を綴ります。

母体

2012年04月24日

ぼ‐たい 【母体】
 
 母親のからだ。「―の保護」
 発展してきたものの、もとになるもの。「運動の―となる市民団体」

 

母体という言葉があります。

文字通り母親のからだという意味や、

企業などで言うと、その成長をうながした部署などを指します。

たとえば、「わが社は○○プラントという母体があって、他の部署や子会社と連携している。」

といった具合です。

どんな企業でも大小問わずにこの「母体」と言われるものは、必ず存在しているはずです。

別の言い方をすれば「骨子」がそれにあたるでしょう。

企業の母体、骨子は、いわゆる理念であったりコンセプトであったり商品であったり、

その姿は様々なものとなって表現されるでしょう。

 

この母体は、「思想の好み」にも存在しています。

たとえば政治的思想であったり、宗教的思想、音楽や映画などのエンターテイメント。

芸術の好みもそうでしょう。そういった思想の好みにもこの母体というものは、必ず、

誰しも持っていて、それは絶対的な存在として各自の脳の中に刻まれているものだと思います。

上にあげているように、思想の母体とは、発展してきたものとなる思想ですので、

いわば一緒に成長もしくは成長させてくれた思想になるので、

各自にとって非常に重要なものとなるはずです。

その思想の母体とは、たとえるならこういったものです。

 

音楽はロックが好きだ。

映画はサスペンスが好きだ。

宗教はイスラム教だ。

芸術はモネの絵が好きだ。

インテリアはイームズの家具が好きだ。

建築様式はモダン建築が好きだ。

 

こういったものですね。

フェイスブックをされている方なら、上で上げた例はなんとなくピンとくるものがあると思いますが、

ソーシャルネットワークにおいて、簡単にその人となりが分かる要素になっているのが、

よく分かるのではないかと思います。

なぜフェイスブックなどで、こういったものを書く必要があるのかというと、

単純にその人を理解しやすいからに他なりません。

 

つまり思想の母体は細分化していくと、その人そのものになっていくものとなるわけです。

 

さて、ここからが本題ですが・・・

思想の母体というものは、よくも「母体」といったものだと思うのですが、

母と言う言葉を使っているのが、非常に言いえて妙だなと思うのです。

と、申し上げますのも、成長させてくれる要因となるもの、発展させてくれる要因となるものなので、

母という言葉を使っているのですが、そういった意味でもまさしく母ですね。

自分を成長させてくれるものです。

そして、そのおかげで・・・というのもおかしな話ですが・・・

 

たとえば、Aさんの思想の母体になっているものが、音楽で「ロック」だとします。

仮に「ロック」を馬鹿にしたらどうでしょうか?

Aさんは怒りますね。「ロック」を馬鹿にするな!と。

これはいいかえると、「私の母を馬鹿にするな!」ということになります。

昔から「お前の母ちゃんでーべーそ」なんていう悪口があります。

これは世界共通の思想とも言えます。英語では・・・マザー○○○○○

なんて酷いスラングでしょう。

 

誰しも自身を成長させてくれたものを馬鹿にされるのは、許せないものがあります。

 

逆にこういったことも考えられるのですが、

「私はロックを愛してやまない。他の音楽はひどいものだ。」

なんてことを聞くと、許せない・・・ということはありませんが、

どこか小さい人間、器の小さい人間に感じてしまうものがあります。

これも言いかえると、

「私の母親が最高で、他の母親はひどいものだ。」

といったことになります。

 

自分を育ててくれた母親が最高なのは、それは当り前のことです。

ですからそれは言う必要のないことなのです。

いわばマザコンのそれと同じものを感じ、少し不快な印象になるのではないかと思います。

 

「私はロックを愛してやまないが、他の音楽にも敬意を表している。」

なんていうと、非常に好感度が上がると思いますが、

これも言いかえると、

「私は母親を愛しているが、他の人の母親たちにも敬意を表している。」

と言っているようなものです。器がでかい感じがしますね。

自分を育ててくれた母に敬意を払うならば、他人を育てた母に敬意を表すのは当然ですね。

 

その人にその人を成長させてくれた「思想の母体」があるように、

他人にも「思想の母体」が存在しているのは確かです。

意外と簡単に他の人の思想の母体を知らず知らずに侮辱しているケースがあります。

よく政治や宗教の話はするなと言われるのは、このためですね。

ちょっと込み入った話になると、喧嘩になってしまいます。

 

しかし相手の「母体」に敬意を表す意識があるなら、私は絶対に喧嘩にならないと思います。

相手の思想の母体を蔑んだりするのは、子供と同じ「マザコン」です。

 

自分にとって自分の母親が最高であるならば、他人にとってもそれは同じである。

 

これだけを頭の片隅においていれば、宗教戦争なんかおきませんよね。

 

よく私は怒りっぽいなんて言われます(笑)

その時は、ああこの人の思想の母体に触れたんだろうな・・・

と察してあげてください。(笑)

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