デザインに心躍る日々

フリーディアマンションの外観やエントランスに生きたデザインを施す建築デザイナー
「リアルクリエイション」の中島氏が「人の笑顔を生み出すひらめき」をテーマに日々を綴ります。

住居を買うということ

2012年01月23日

今回は、住居を買うということは

どういうことなのか?

と、言うことに触れてみたいと思います。

こんにちは。リアルクリエイションの小島です。

住宅を決める際、住宅を借りるケースと買うケース。

大きく2つに分かれます。

誰しも、「どちらがお得なんだろう?」

とか

「どちらが正解か?」

など考えられたことがあるでしょう。

賃貸派、購入派、それぞれの意見があります。

そのどちらもほとんどが正論で、非常に興味深い議論に発展します。

結論から申し上げますと、

今回のお話で、どちらが良いか?ということには一切触れません。

住居を手に入れる。

ということに論点を絞ります。

 

その前に、以前このコラムで「所作」というタイトルのコラムを書かせていただきました。

少し不便さのある財布の話でした。

その財布を使う際、「所作」動きの美しさが求められると

こう書きました。

つまり、この財布を使う際には、自分の動作に気をつかわないといけない。

ということですね。

そこに、しぐさの美しさが出ると書きました。

それでは、前置きは置いておいて・・・

住宅に「敬意」を表わせる人が「買うこと」を選ぶべきだと、

私はそう思っています。

これは、家というものは元来、私たちを風雨から守り

命を守ってくれているものです。

風雨にさらされると、体温調整さえままなりません。

敬意を払うとは、このことから来ている発想です。

どんなに間取りが悪くても建具の建てつけが悪くても

まず私たちの命を守ってくれていることを、大事に思わないといけないと思うのです。

そこがまず、大前提です。

もちろん命を危険にさらす事になる構造部の欠陥住宅は論外ですね。

 

 

では、家に対し敬意を表すとはどういったことでしょうか?

毎日掃除することでしょうか?

それもあるかもしれません。

大事に扱うことでしょうか?

それもあるかもしれません。

 

 

私が思う家に敬意を表す方法は、

「自分自身が丁寧な動きをする」

ということだと思っています。

家というものは、自分自身がぞんざいな動きをすると、

すぐに「牙をむいてきます。」

朝、学校に遅れそうだから、急いでいると階段から落ちたり、

ドアにぶつかったりしますね。

家の壁でボール遊びをすると、ガラスを割ったり、

壁が壊れて隙間風で寒い思いをしたりします。

 

 

そういった事態になることは住居が悪いのでしょうか?

 

違いますね。

自分の行動からよるものですね。

つまり、自分自身が丁寧な動作をしていれば、

何も起こらないわけです。

上で「家が牙をむく」と書きましたが、

単純に鏡のように、自分の動作が自分に返ってきているだけです。

最近、住宅に多い質問を大別すると、

「いかにぞんざいに扱えるか」

「手入れを少なく」

ということに集約され、また建築業界もそれに応えるよう、

日夜研究を重ね、子供が落書きしても良い壁紙や

壊れにくい素材、閉まる時に音がしないドア

音が気にならない床材などなど数え上げるときりがありません。

もちろんそれは顧客ニーズに応えるテクノロジーの進化です。

それらを否定する気はありません。

それらを使用しつつ、なお丁寧な動作を自分自身がする必要がある、

と私は思っています。

また、その意思がないと全てを家のせいにしてしまう恐れもあるのです。

仮にシックハウスに住んでいるとすれば、それは命と健康にかかわることなので、

全力で除去するようしなければなりません。

それは構造的に問題のある家と同じです。

しかし、仮に構造的に問題がある、もしくはシックハウスであるとしても、

ぞんざいにあつかえば、上で書いたように自分に返ってきます。

それならば、事故がないよう敬意を表しつつ行動し、

その欠陥を直していく努力をしていったほうが、良いですね。

嫌いな家をぞんざいに扱えば、なお嫌いになります。

嫌いだけど、それにとらわれず、イライラせずに丁寧に扱う。

 

私は自分の家をリフォームして、新しく無垢のフローリングを貼りました。

今のフローリングの下には、以前のフローリングが貼られています。

工事する前に、今からフローリングを上から貼るのに、

古いフローリングに全て雑巾がけをしました。

まったくもって意味のない行動です。言わずもがな、下に隠れるからです。

 

しかし、雑巾がけをしている時、家が喜んでくれている気がしました。

それは、単純に自分の動作が自分にとって、気持ちが良かったからに他なりません。

家が喜ぶわけがありません。

自分が喜んでいるのです。

上で書いた家に敬意を表すというのは、

自分自身の行動に敬意を表すということですね。

普通に、あせらず、ゆっくりと動作をすれば、実はそれが一番早い行動になります。

以前の「所作」のコラムで、映画のスパイの動きがそうだと書きました。

京都の舞妓さんの動きや熟練の職人さんの動作は、実に丁寧で美しいものがあります。

そして、怪我もありません。

上手な職人さんほど怪我をしないのは、そのためでしょう。

道具を大事にすると置き換えられていますが、

その実は、自分自身の動きでしかないのです。

親に「敷居を踏むな」と教えられてきました。

その意味もわからないまま、その教えを守ってきました。

敷居というものは、建具(ふすまなど)を走らせる溝の役割を持っています。

つまり、それを踏むと建具がうまく動かなくなったりするのでしょう。

敷居には「踏む」という目的がないからです。

ふすまをスライドさせるという能力です。

そして敷居を踏むと「ギシッ」という音もしたりしますね。

そういったことを守ると、面倒くさいですね。

家の中くらい、何も考えずに歩きたい。そう思うのも良くわかります。

だから敷居のないハンガー式戸による

シームレスな間取りが生まれたんですね。

しかし、踏まないというルールを守る美しさがそのかわり失われます。

子供に教育することもなくなります。

 

 

敷居を踏まない立ち振る舞いをしている人は、おのずとその動作は所作に表れます。

色々なところで、感覚的に一瞬足元を注意します。

この一瞬足元を注意する。という所作を意識せずに出来るというだけで、

それが出来ない人とは危機管理能力が変わってくるというのは、

よく理解できることでしょう。

 

 

少し話が脱線いたしました。

結論としましては、

少しおおげさな言い回しですが、

家に敬意を表すということ。

それはすなわち、自分の行動を丁寧にしてみるということです。

少し意識するだけで、格段に生活が楽しくなることうけあいです。

 

 

家が奇麗に保たれているということは、

別に常日頃から掃除を欠かさないということではなく、

自分が美しい動作をしているということなのです。

それが結果、自分の命を守ってくれる家を大事にする。

家に敬意を表すということになると思うのです。

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